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区切りのある月賦とエンドレスのリボ①

ここに、まったくもってややこしい問題が発生します。クレジットは月賦だけだと思っていた当時の人たちですが、クレジット先進国といわれていたアメリカでは、リボルビングがクレジットカードの常識だということを発見してしまいます。しかも銀行系カード会社と同じょうに分割払いが認められていなかった流通系クレジット会社も、クレジットカードの支出の平準化機能が欲しくて仕方ありませんでした。デパートやスーパーの販売促進には、絶対欠かせない機能だったからです。

さらに別の発見もありました。リボルビング払いはそれまでのわが国の返済方式の中にはなかった方法であって、割賦販売法にも規定がないのではないか。そのとおりです。当時の割賦販売法には定義されていなかったので、この取引は割賦販売法の適用を受けなかったのです。割賦販売法は指定商品制を採用していますが、この趣旨は過剰規制にならないことを目的としたもので、取引内容の定義についても同様の考え方がとられていたのです。最初にリボルビング払いを採用したクレジットカードは船橋東武百貨店で、一九七七年のことでした。

さらに大規模な取り組みをしたのは、月賦百貨店の緑屋を買収した西武百貨店でした。当時は西武クレジット(現クレディセゾン)といいましたが、自社カードにリボルビングの機能を付けてクレジットカードを発行しました。他にも当時は、一括払いしか選択の余地がない銀行系カード会社が、割賦販売法の適用を受けない二回払いを開発したり、一回払いの代金相当額を決済日に融資してその後ローンで支払ったりというような商品も生み出されました。

いささかゆがんだ商品設計といわざるを得ませんが、これも分割払いをするためには、割賦販売法でいうところの割賦購入あっせん業者の登録が必要だったからです。まさに開業規制だったわけですが、当時は申請書の受付すらしてもらえませんでした。ところが、一九八九年の日米経済構造協議から様子は一変します。内需拡大が今後の日本経済に欠かすことのできない政策と位置づけられ、そのためには規制緩和による経済の活性化が必須として種々の改革が進められました。端的にいえばアメリカの言い分をどこまでのむかということだったのですが、それまで閉鎖的だったクレジットカード業界にもその波は押し寄せました。